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2014年11月20日 (木)

After 22

 

 

以前 私は、国会議事堂 首相官邸のすぐ横にあるオフィスで働いていた。

夜 10時。

残業を終えて、地下 4階にあるロッカールームで 私服に着替える。

 

私のロッカーは その列の左端。

ふと、右端にいた彼女と目があった。

彼女は 経理課。

長い長い髪を束ね、一見 真面目な印象。

着替えながら、世間話で盛り上がった。 

「良かったら、これからちょっとだけ飲みに行かない ?」 

ビックリ。

でも、嬉しかった。  

 

すぐ隣にある、地上 44階建てのオフィスタワー。 

(昔、 二 ・ 二六事件の舞台となった “ 山王ホテル ” があったところ)

そのなかに、アイリッシュ・パブがある。

彼女は その店に連れて行ってくれた。

店のスタッフも、次から次へと入ってくるゲストも 全て 外国人だらけの店へ。 

さすが土地柄、ドイツの人達が多かった。

彼女が店に入ると、スタッフが、そして、ゲストが気軽に話し掛けてくる。

英語で、時折 ドイツ語で会話をしている彼女を見て、またまた ビックリ !

 

お酒のことを何も知らない私は

何をオーダーしていいのか分からない。

 

“ これ、美味しいから ”

彼女から勧められた Bass Pale  Ale  バス・ペール・エール。

 

その半年後 ...

勤めていたホテルのラウンジに、Bass  Pale  Ale  の樽生が入った。

待ちに待っていたと、外国人ゲストからも大好評。

 

 

あとで知った。

彼女は 世界中のビールを知るワールドワイドな人だった。

 

   

山王ホテル 

1932年(昭和 7年)、自動車・燃料関連企業である安全自動車の経営者であった

中谷 保氏によって創業。

ホテルは 地下に、アイススケート場まで備えた近代的なものであり、 当時は 日本を代表する

高級ホテルのひとつであった。

地下の アイススケート場は、昭和の初めには 数々の全日本フィギュアスケート選手権会場となった。

1936年(昭和 11年) 二・二六事件では 反乱軍に占拠され、 クーデター側の司令部となった。

その後、アメリカ軍によって建物は改修され、アメリカ軍関係者のためのホテル、家族向け住宅としての

「山王ホテル (U.S.Naval Joint Service Activity Sanno Hotel)」 として、

同軍関係者以外の民間人や 日本人の立ち入りは禁止された。

私が上京した時には、まだ建物が残っていた。

(その時代を知る上司から、山王ホテルにまつわる数々の歴史的事実を聞いていた)

長い長い更地の期間を経て、 2000年 山王パークタワーが誕生した。

 

 

 

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